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2008年09月27日

遠州森のまつり“文久の喧嘩まつり・今宵・蘇る”

遠州森のまつりまで、あと1ヶ月強となってきました。
(今年は、11月1日(土)~3日(月・祝)の開催。)

9月24日の記事に引き続き、お祭り前の話題として祭典三日間の見どころなど、テーマごとにご紹介していきたいと思います。

遠州森のまつり“文久の喧嘩まつり・今宵・蘇る”今回のテーマは、“文久の喧嘩まつり・今宵・蘇る”
(テーマ、写真は、平成20年森のまつりカレンダーより)

森の若衆の、熱い血が結集して繰り広げられる、夜祭り・練り・・・ “森の喧嘩まつり”という異名を取る、勇壮な屋台の引き廻し、そして練りは、森のまつりの代名詞の一つとなっています。

町の中心部の、あちらこちらの十字路などの交差点に4、5台の屋台が集結し、向かい合わせる形で屋台の手木を合わせます。
合わせた手木を各社屋台一斉に下ろした瞬間、あちらの屋台からこちらの屋台の人の波目掛けて、「よっしょりゃ!こりゃこりゃ!!」という威勢の良い掛け声と共に跳びこんでいきます。

喧嘩まつりと呼ばれていますが、もちろん本当に喧嘩をしているわけではなく、その熱い迫力と激しさが、そういった例えになっているのだと思います。

遡ること約150年、文久の時代に起こったとされる水哉社桑水社の大喧嘩は、今も語り継がれている有名な話。
(詳しくは、「遠州森のまつり “おまつりの歴史・江戸文久編”」をご参照。)

この当時は、現代に比べて一般庶民にとっての娯楽というものが少なく、年に一度のお祭りが、数少ないメインイベントのようなものだったようです。
そういった時代背景が、大喧嘩になる要因だったのかもしれませんね。

かつては、暴力事件や不幸な死亡事故などもあり、森のまつりも様々な規制や改革が成されてきました。
毎年、祭典本部、各社若衆役員、及び中老会役員、そして町内会役員の人たちを中心に、「絶対無事故!」をスローガンに老若男女皆が楽しめるお祭りとしての尽力がされています。
そういった人たちの尽力が、熱く激しい、そして楽しいお祭りが開催されることにつながっているのです。

娯楽の多様化などにより、時代と共に森のまつりも変化をしてきました。
しかしながら、私たちは先代の人たちの熱い血を確実に受け継ぎ、勇壮で激しい喧嘩まつりを楽しんでいます。

≪関連記事≫
◇遠州森のまつり“第一日目「おついたち」パート3”
◇遠州森のまつり“第二日目「中日」パート3”
◇遠州森のまつり“第三日目「千秋楽」パート4”

遠州森のまつりまで、あと35日・・・






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Posted by 遠州森のビープロ at 09:58
[お祭り前の話題]
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