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2006年01月20日

「森のまつり」14町内の歴史“湧水社(南町)”

森のまつり、「14町内の歴史」紹介、第9弾は、“湧水社”(南町町内会)です。

「森のまつり」14町内の歴史“湧水社(南町)”昔、五軒町(現在の栄町)より先南側を角屋新田、忠エ門新田といい、更に南は新田又は大柳と呼ばれていた。

その名の通りほとんどが水田で民家が点在する程度の小部落であったが、今では戸数157戸を数え、更に増え続けている。
しかも道路が整備されて新しい家が次々と建てられていく為、その街並は美しい。

昭和59年4月、栄町から分離独立した森町の一番南に位置する南町である。
往古は太田川の本流が庵山の下を流れ、金守神社前を通って南町の中心部を流れていたという。
昭和30年頃までは至る所で湧き水が見られ水田に適した地域であった。

現在は湧き水は見られないが、湧き水の如く人々が相集り、団結して町内の発展を願い“湧水社”と命名されたのである。

こちらの紹介文は、“森の祭り”ホームページから引用、著作権は、大庭学氏(森町・下宿出身)が有しております。

次回は、“慶雲社”(向天方町内会)の紹介です。





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