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2007年02月26日

NHK・大河ドラマ回想記 05年 “義経”

一昨年(平成17年)の1月から12月まで一年間、NHKにて放映された大河ドラマ “義経”。 (原作:宮尾登美子

記事文中の下のほうで、関連書籍、DVDをご覧になることが出来ます。)

“源「九郎」義経”(みなもとの「くろう」よしつね)。
平安時代末期の武将で、源氏の棟梁・源義朝の九男として生まれ、幼名を“牛若”、“遮那王(しゃなおう)”と呼ばれる。

父・義朝が、平治の乱にて平清盛に敗れたが、牛若は幼少のため許され京の鞍馬寺に預けられる。
そこで天狗の面を被った落人から剣術の手解きを受ける。(「鞍馬山の牛若丸伝説」として有名。)
同じ頃、京の五条大橋武蔵坊弁慶との運命的な出会い・・・ 遮那王(義経)の強さに魅せられた弁慶は、終生家来として仕えることを決心する。

成長した遮那王、加えて伊豆に流されていた源頼朝の不穏な動きに危機感を持った平家は、遮那王に出家するよう迫るが、遮那王はこれを拒否。
16歳の時、金売吉次という金商人の手配により、奥州平泉藤原秀衡の元を頼った。

とまぁ、ここまでが前半の大まかなあらすじですが、この後兄・頼朝との出会いがあり、そして宿敵平家との戦いの渦中に巻き込まれていくことになるのです。
数年後、頼朝が伊豆で挙兵すると、奥州に下る途上で元服し成長した義経は、その幕下に入るべく兄・頼朝の元へ馳せ参じた。
感動の兄弟の対面・・・ この時ばかりは、この兄弟が力を合わせて源氏の世を作り上げていくものだと思われていたのだが・・・

その後義経は、鎌倉へ入りここを本拠とした頼朝の命により、連戦連勝の戦を続けていく。

まずは、従兄弟・木曾義仲との宇治川の戦い
清盛が死去し衰えを見せた平家を義仲が攻め、平家は都落ち。
源氏嫡流である頼朝を差し置いて、上洛した義仲を討てとの頼朝の命を受け、宇治川で義仲軍を打破。
後、頼朝の代官として京に入る。

都落ちしていた平家であったが、西国で徐々に勢力を盛り返し福原にまで迫っていた。
後白河法皇から、平家追討の院宣を得た頼朝は、範頼と義経にこれを命じる。

一ノ谷の戦い屋島の戦いと連戦連勝を遂げ、ついには壇ノ浦の戦いで勝利し、平家を滅亡へと追いやることになる。
この間、義経は法皇から左衛門少尉検非違使少尉判官)の任官をされるが、これが兄・頼朝との亀裂の元(頼朝の許可なく任官を受けたことで)となってしまう。

連戦連勝で平家を滅亡させ、一番の恩賞を賜るものだと思い鎌倉へ凱旋しようとした義経だが、頼朝は鎌倉へ入れることを拒否。
法皇からの任官を許可なく受けたこと、三種の神器をこれまた許可なく法皇へ返還したこと、補佐役として戦に同行した梶原景時と軍議で度々対立、景時の告げ口を頼朝が真に受けてしまったなど、頼朝の逆鱗に触れることが重なってしまったからだ。

鎌倉へ入ることを許されず、失意で京へと戻るが所領没収、頼りにしていた法皇の頼朝への寝返り・・・
四面楚歌状態となった義経は、九州へ落ち延びようとするが船出の途中、暴風雨に遭い主従は離散・・・
もはや九州落ちも不可能となった義経主従は、若き頃に身を寄せた奥州・平泉の藤原秀衡を頼るべく、頼朝による包囲網を掻い潜り平泉へと身を寄せた。

秀衡は、義経主従を歓迎して出迎え、一族のものに義経を守れと命じた。
だが、程なくして秀衡は死去。
頼朝は、後を継いだ泰衡に圧力をかけ、泰衡はこれに屈して父の遺言を破り、義経を追い詰める。
館を平泉の兵に囲まれた義経は、持仏堂に篭り自害して果てる・・・ 享年31。
尚、この時武蔵坊弁慶が、主君義経を守るため防ぎ矢となり、何本もの敵の矢を受け立ったまま死んだという伝説が残されている。 (弁慶の立ち往生

以上、かいつまんで書いたつもりでしたが、かなり長くなってしまいました。
一年間観ていて、印象に残ったシーンがいくつか残っています。

第1回 : 運命の子  第5回 : 五条の大橋
第27回 : 一の谷の奇跡  第35回 : 決戦壇ノ浦
第47回 : 安宅の関  最終回 : 新しき国へ

「一の谷の奇跡」の奇跡も、オープニングの一番最初に出てくるシーンで、鵯越の逆落としのシーンは圧巻です。
「決戦壇ノ浦」は、源平の戦いのいわばクライマックス。
「安宅の関」は、歌舞伎・勧進帳で取り上げられた物語。

まだまだ、書き足りないくらい印象に残るストーリーがありますが、興味のある方は、↓のDVDを覗いてみてください。

優れた軍才を持ちながら非業の死に終わった義経の生涯・・・ 義経の事を同情する声から“判官贔屓(ほうがんびいき)”という言葉が出来たほど、悲劇のヒーロー義経は、800年あまり経った現代でも英雄であり続けるのです。

「大河ドラマ・「義経」-トラックバックピープル」

大河ドラマ 「義経」 関連書籍、DVD
 
 
 





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